大阪府南河内郡太子町にある奈良時代、8世紀前半の墳墓。
径5mほどの墳丘があったようであるが、削平をうけ、盛土のみ確認。内部は長さ2.65m、幅1.63mの大きさに凝灰岩の切石の板を並べ、囲んだ石槨がある。さらに、その中に木棺を置いた後、木炭をつめこむといった構造である。木棺は幅0.6mであることが棺釘の出土位置から分かる。棺内からは、着装を思わせるように、ひとつながりに銀か帯(か具一、巡方四、丸鞆六、だ尾一)と鈴付の刀子が出土する。
この帯金具の銀を使用は、「衣服令」の金銀装腰帯使用者にあたる五位以上の官人が被葬者とも考えられ、重要である。
現在、府道のグリーンゾーンとして保存。
大阪府教育委員会『伽山遺跡発掘調査概要』2(1982年)