博物館建設基本構想


1989年2月 建築の必要性

大阪の街が東京と決定的に違うところは、
農耕文化がはじまって以来の歴史の重みの格差にある。

ことに教科書にも登場し、ほとんどの人々に知られている「仁徳陵」古墳や
「応神陵」古墳は、周知のように世界最大の規模を誇る墳墓であり、
そこには当時の先端的な知識や技術が集約されている。
これらの巨大古墳は「倭の五王」がはじめて、
国際舞台にみずからの権威を誇示した記念的な造形物で、
これらを欠落させると日本の歴史が空白になるほどのものである。

ところが大阪の場合、こうした歴史的にすぐれたモニュメントが、
街のイメージや街づくりそのものに、
ほとんどといってよいほど結びついていない。
いわば「宝」のもちぐされといって過言でない状況にたちいっている。
その主たる原因は、文化財に関する情報提供が
不足していることにあるのではないか。

情報化しつつある現代社会において、
歴史・文化情報の制御とその適切な提供のシステムは、
大阪府においても強く望まれるところである。

このような状況に鑑み、大阪の歴史・文化を理解、学習し、
あわせて情報・研究センターとしての役割をもった
歴史博物館を建設することが、いま急務といえよう。


さて近つ飛鳥と呼ばれる地域は、
府下でも有数の歴史と文化がストックされているところである。

二三の例をあげてみると、4基の天皇陵古墳や聖徳太子墓古墳があって
「王陵の谷」とよばれる磯長谷(しながだに)、
新しい構造の石棺式石室をもった渡来的色彩の豊かな飛鳥官人の墳墓、
前方後円墳・前方後方墳・双円墳あるいは大型方墳など多様な豪族の古墳、
有力家族の共同墓地・一須賀(いちすか)古墳群、
帯金具や墓誌をともなった奈良時代の古墳、
律令文化の華ひらく古代寺院、古代の官道・竹内街道など、
枚挙にいとまがない。

総じて渡来的色彩の濃厚なことが、近つ飛鳥における文化遺産の特徴をきわだ たせる。
いわば古代の国際交流が、古墳・寺院などに封じこめられている。
そ して7世紀代の支配者は、このような渡来文化・渡来人をくみこんで古代国家 を形成していったのである。

つまり日本古代国家-律令国家形成のプロセスが、
近つ飛鳥のモニュメントに姿を変えていまに遺っている。
このような変化に満ちた文化遺産のおりなす歴史的世界が近つ飛鳥なのである。

そして幸いなことに、古代からの限りない情報を秘めた文化財が、
緑あふれる自然環境のなかで、
ほどよい調和をたもちながら現代にまで遺されている。
あたかも地域全体が「歴史博物館」の様相を呈しているのであって、
飛鳥・白鳳時代の歴史的雰囲気に浸り、古代のロマンに想いをはせる場、
あるいは歴史・文化を実感する体験学習の場、
さらには地域的有為性をふまえた生涯学習の場に、このうえなくふさわしい。

こうした歴史的有為性に満ちあふれた近つ飛鳥の地に、歴史博物館を建設し、
さきに開園した「近つ飛鳥風土記の丘」とあいまって、
歴史と文化のストックを活かした街づくりの拠点的文化施設としていくならば、
それは南河内地域の活性化につなかるとともに、
大阪の都市アメニティの向上、さらにはゆとりのある
人間環境の創造にとっても、大きく貢献していくことであろう。



OSAKA PREF. CHIKATSUASUKA MUSEUM

〒585-0001 大阪府南河内郡河南町大字東山299番地
TEL. 0721-93-8321(代)
FAX. 0721-93-8325

入館料/大人 300円 高校・大学生 200円 小・中学生 無料
(常設展)20名以上の団体は、入館料が2割引となります。
開館時間/AM10:00〜PM5:00(入館はPM4:30まで)
休館日/月曜日(祝日・振替休日の場合は翌日)・12月28日〜1月4日


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