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埴輪(はにわ)を置(お)いた意味(いみ)は
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古墳(こふん)時代より前の弥生(やよい)時代に使われていた壷(つぼ)とそれをのせるための器台(きだい)という土器(どき)のかたちが、どんどんかわって円筒埴輪(えんとうはにわ)や朝顔形埴輪(あさがおがたはにわ)になりました。壷などは死者(ししゃ)にささげる食べ物をいれた入れ物でした。
ただ、円筒埴輪(えんとうはにわ)はくっつけて列にしてならべたので、人が古墳の中に入れなくするための柵(さく)のかわりの役割(やくわり)もありました。
古墳時代でも新しくなるほど、家やいろいろな品物(しなもの)、人、動物の埴輪が数多くつくられるようになりました。中には、木や石でつくられたものもあります。
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●古墳につかった埴輪の数は
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大阪府(おおさかふ)の大仙(だいせん)古墳は30,000本、墳丘(ふんきゅう)の長さが194メートルの兵庫県(ひょうごけん)の五色塚(ごしきづか)古墳では2,200本の埴輪があったでしょう。
●埴輪の種類は
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埴輪の中で一番多いのは円筒埴輪(えんとうはにわ)ですが、ほかにもいろいろあります。また、埴輪と同じように並(なら)べられた木の飾(かざ)り物(もの)や石でつくったものもあります。
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円筒(えんとう)
朝顔形(あさがおがた)
器台(きだい)
壷(つぼ)
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家(いえ)
囲形(かこいがた)
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短甲形(たんこうがた)
甲冑形(かっちゅうがた)
冑形(かぶとがた)
盾形(たてがた)
靱形(ゆきがた)
大刀形(たちがた)
鞆形(ともがた)
蓋形(きぬがさがた)
翳形(さしばがた)
冠帽形(かんぼうがた)
{ほかに高坏(たかつき)、船(ふね)などもあります。}
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上の写真のいろいろなところをマウスでクリックしてみてね。
猪形(いのししがた)
鶏形(にわとりがた)
犬形(いぬがた)
水鳥形(みずどりがた)
馬形(うまがた)
鹿形(しかがた)
●埴輪を動かしてみよう!!
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盾持ち人形(たてもちびとがた)
武人形(ぶじんがた)
巫女形(みこがた)
力士形(りきしがた)
貴人形(きじんがた)
馬飼形(うまかいがた)
鷹匠形(たかしょうがた)
農夫形(のうふがた)
●埴輪の大きさは
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円筒(えんとう)埴輪はよく似(に)た大きさのものをたくさんつくる必要(ひつよう)があります。そのために、ちょうど人の脇(わき)の高さぐらいのものがつくりやすい大きさのものになります。この大きさは踏(ふ)み台とかを使わずに、何人もの人が一度につくれて便利(べんり)だからです。古い埴輪は、つくった人の身長(しんちょう)の差なのでしょうか、多少(たしょう)大きさが違(ちが)います。小さなものは、ちょうど手の長さくらいになります。これは一方の手で埴輪をささえて、もう一方で道具を持(も)ってつくるのに便利だったからでしょう。
●埴輪のつくり方は
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埴輪(はにわ)つくりははじめのころは、それぞれのところでつくっていましたが、同じものをたくさんつくるようになって、埴輪つくり用の作業場(さぎょうば)で、いっせいにつくるようになりました。
- 1、埴輪(はにわ)つくりの材料を集める
- 粘土(ねんど)
砂(すな)
水
薪(まき)
- 2、作業場の仕事(しごと)
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1,粘土をこねる
2,円筒(えんとう)埴輪の場合(ばあい)は、粘土のひもで輪(わ)をつくり、その輪を上へ積(つ)んで、だいたいのかたちをつくる。
3,仕上(しあ)げに表面(ひょうめん)を平(たい)らにするときはハケメという工具(こうぐ)を使(つか)いました。ハケメについては、後に説明(せつめい)があります。
4,かたちができたら、1カ月ほど、屋根(やね)のあるところで陰干(かげぼ)しします。これは、粘土の水気(みずけ)を取(と)るためです。水気が残(のこ)っていると、焼(や)いているときにこわれるからです。
- 3、埴輪を焼く
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次(つぎ)に乾(かわ)かした埴輪を焼きます。
4世紀(せいき)は、焚き火(たきび)のように薪(まき)を燃(も)やし、その火の中に入れ、焼きました。そのため、煤(すす)のような黒い斑点(はんてん)が埴輪の表面にしみこんでいます。この焼き方を野(の)焼きといいます。
5世紀には、須恵器(すえき)という器(うつわ)を焼くための窯(かま)焼きの技術(ぎじゅつ)が入いり、埴輪も窯で焼くようになります。そのとき、薪を燃やす場所(ばしょ)と埴輪を焼くためにおく場所とがべつべつになり、黒い斑点がつかないようになります。
- 4、窯から出して、埴輪の完成です。
●大阪府(おおさかふ)新池遺跡(しんいけいせき)の埴輪(はにわ)つくり
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この遺跡では、5世紀(せいき)の埴輪を焼(や)く窯(かま)と埴輪をつくる作業場(さぎょうば)が見つかっていて、いろいろなことが推測(すいそく)されています。
埴輪つくりのチーム-一つのチームが作業場の建物(たてもの)を一つ持(も)っています。チームにはリーダーの下に10〜15人の埴輪職人(しょくにん)、窯焼き職人が5人と助手(じょしゅ)がいて、みんなで30人くらいいます。新池遺跡では3チームがいっしょに働(はたら)いていました。
埴輪窯(はにわがま)-埴輪窯は一つで、一度に30本が焼けました。ここには窯も3つあり、一年中、焼きつづけると一年間で4000本の埴輪ができたと計算(けいさん)されています。
大仙(だいせん)古墳の埴輪だと、この3チーム、90人で、7年半、のべ24万7000人の人が必要(ひつよう)になります。
●埴輪(はにわ)をよく観察(かんさつ)してみよう
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埴輪の表面(ひょうめん)をよく見るとハケメという筋(すじ)のあとがついています。これは今のようなハケを使ったのではなく、木の板(いた)の端(はし)を使って表面を平らにするときについたものです。
埴輪の表面を見て、古いか新しいか、黒い斑点(はんてん)がついてるかどうかで調べてみよう。
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